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世界の健康と食の安全ニュース

海産毒素(2): 温暖化で北上する魚類神経毒のシガテラ中毒(ciguatera) イシガキダイ、バラハタは要注意

1.  イシガキダイを原因とするシガテラ中毒

イシガキダイ(石垣鯛:spotted parrotfish:Oplegnathus punctatus)
イシダイ科 本州中部以南沿岸の岩礁域に生息する。

イシガキダイはシガテラ毒(ciguatera)のシガトキシン(ciguatoxin:CTX)
を持つ熱帯系の渦鞭毛藻(プランクトン:Gambierdiscus toxicus)を特に好み、
毒魚となるといわれます.
近似するイシダイ(石鯛:Oplegnathus fasciatus)に近い味覚ですが、
3割くらい安価で取引されます。
首都圏では中毒発生で話題のバラハタよりイシガキダイを原因とする
シガテラ中毒が最も身近でしょう.
コストダウンを目論む料飲店が今でもメニューにしますから要注意.

イシガキダイ(画面下部)はイシダイ(画面に垂直)に似た風味.
鮮度が良ければ美味しい魚.
90年代くらいにはお寿司屋さんなどでも珍しくない魚でした。

 

2.  漁業関係者や調理人がスジアラ(アカジン)とバラハタを間違える?

2016年4月に東京築地市場でバラハタを買った中華料理店がメニューに.
バラハタはイシガキダイ同様にアミノ酸系毒素のシガトキシン、マイトトキシンを
持つ渦鞭毛藻のGambierdiscus toxicusを好むといわれ、一般人には毒魚あつかい.
(渦鞭毛藻はプランクトンの一つ)
超高級魚のスジアラ(写真上:アカジン:Plectropomus leoparadus)と
バラハタ(Variola louti )を間違えて仕入れたことで大騒ぎですが、
双方ともにハタ類ですからシガテラ中毒の原因となることが少なくありません。
バラハタとスジアラやユカタハタは外見も価格も異なりますので事件の真相は不明.

写真左中央の赤色魚が バラハタ(Variola louti ):成長度と海域などで個体差が大きい
写真右中央の魚はオレンジやゴールドが一般的なCephalopholis aurantia(Orange Cod, Golden Rockcod)と考える人もいます.交雑種かもしれません.
(バンコク:タイ)



3.  海洋性生物の多様な毒素

海洋性生物がもつ毒素は、それが体内で合成されているというより、
摂食した渦鞭毛藻、細菌などの海洋微生物(プランクトン)によるものであるとの学説が
1985年ごろには認知されていました。
しかしながら不明な部分もいくつか残されており、フグを内陸養殖し、原因物質から隔離した
「無毒ふぐ」を販売する特別区の申請は厚生労働省の許可を得られていません。

毒素(toxin)の解明には、毒素の有機化合物合成が欠かせないプロセスになりますが、
この分野では日本人が目覚しい活躍をしています。
パリトキシン合成の岸義人教授や(後述)、シガテラ中毒の原因物質シガトキシン全合成の
平間正博教授(東北大)のグループなどの成果は国際的に高い評価を受けています。
海洋性生物より検出される主要な毒素は7種類が著名。
海洋毒素は下記をご参照ください

ふぐ毒が切り開いた神経伝達物質のメカニズム解明
超高価な食材として知られたフグも養殖の拡大により比較的身近になりましたが フグといえば誰もが連想するのはフグ中毒。 致死性毒を持つために、鉄砲、北枕、ガンバ(葬式のお棺ガンより)、 ナゴヤ(尾張、終わり)などと死を意味する別称で呼ばれます。


4.  シガテラ中毒(ciguatera)と原因毒素のシガトキシン(ciguatoxin)

シガテラ中毒(ciguatera)は、世界で最も多い魚の中毒といわれます。
熱帯地方を中心に毎年数万人の中毒が発生、死亡例も珍しくありません。
サンゴ礁を棲家にするはた類、バラフエダイ、オニカマス、ドクウツボなどが
シガテラ中毒原因として多いようですが、イシガキダイ、ヒラマサ、
ロウニンアジ、カワハギ類など広範囲な魚からの中毒例が報告されています。

写真上左ヒラマサ.写真上右ロウニンアジ

渦鞭毛藻のGambierdiscus toxicusが生息するところには、シガテラ中毒の可能性がある、
と理解することが賢明です。
Gambierdiscus toxicusはハタ、フエダイ、ブダイ、イシガキダイなどに特に好まれるのでしょうが
餌が少なければ他の魚介類が食すこともあろうということです。
シガテラ中毒(ciguatera)の原因物質の一つであるシガトキシン(ciguatoxin:CTX)
は1967年に分離され、1989年に構造決定されました。C59H84O19 分子量 1110
名前は毒を持つ巻貝シガに由来します。
渦鞭毛藻の1種であるGambierdiscus toxicusが産出する毒素の一つで猛毒の
マイトトキシンも産出します。
シガトキシン(ciguatoxin)は実験的にはフグ毒(テトロドトキシン)の
約100倍の強い毒性があります。
シガトキシンは大量に抽出するのが困難なために、研究が遅れていましたが、
2001年秋に科学技術振興事業団の事業として、東北大学大学院理学研究科の
平間正博教授らが、毒素のメカニズム解明に必須な、あるタイプ(CTX3C)の
シガトキシンの全合成に成功しました。
シガトキシンにはナトリウム透過性を高める作用があります。
言い換えればナトリウムチャネルを活性化する作用です。



5.  シガテラ中毒の症状

シガトキシンの中毒は下痢や嘔吐の消化器障害、血圧降下などの循環器障害、
知覚異常などの神経障害などが挙げられます。
生物個体の毒素含有量は微量ですが、摂食した餌による個体差が大きく、
中毒死亡例も数多く報告されており、回復が遅いのが特徴で症状が数ヶ月から
1年以上続く例があるそうです。
特徴的な症状ではドライアイス・センセーションがあります。
ドライアイス・センセーションとは、非常に冷たいモノ(氷・ドライアイスなど)に
触れたときに感じるピリピリするような痛みの感覚。



6.  シガテラ中毒をおこす魚種

以前はイシガキダイ、ハタ類など特殊な品種の魚のみに保有されると考えられていましたが、
餌により魚の体内に渦鞭毛藻(プランクトン:Gambierdiscus toxicus)が
蓄積保有されるということが判明してからは、シガテラ毒をもつ魚は、
オニカマス(barracuda:Sphyraena barracuda)(本州の魚市場でも売られています)
バラフエダイ(Large red mumea、Twinspot snapper:Lutjanus bohar) などフエダイ類、
ベラ類、ドクウツボ(giant moray:Gymnothorax javanicus)
サメ類など多種にわたり蓄積保有されることが判明しています。

写真上中央がオニカマス(barracuda:Sphyraena barracuda)
写真上左端はユカタハタ(Cephalopholis cyanostigma)

(写真上)オニカマスに似たオオカマス(Sphyraena putnamae )

アオブダイ(Scarus ovifrons )

沖縄ではハタ類はすべてミーバイと総称

 

 

7.  熱帯地方、亜熱帯地方のシガテラ中毒

ユカタハタ(Cephalopholis cyanostigma)(マレーシア)

シガテラ中毒の発生は熱帯地方、亜熱帯地方では数万人にもなりますから、
最も知られた海産毒。
ダイビングや釣りなどで南洋海域を航海する航海士や船員さんは南洋では一番美味である
ハタ類を決して食しません。
中毒すれば仕事に差し支えるからです。

ガルーパのから揚げ香草ソース.(プーケット:タイ)

 

沖縄ではミーバイ(はた類)はご馳走。
アジア各国でもガルーパ(garupa:grouper)と呼ばれ、最も高級な食用魚。
(毎年沖縄ではミーバイによるシガテラ中毒が多数例報告されていますが)。
一般的には、魚類に含有されるシガトキシンは少量なため、多量に食さなければ
中毒の可能性は低いのですが、毒素を持つプランクトン(Gambierdiscus toxicus)
の発生状況次第で、個体差がでて、死亡事故が度々報告されます。
またシガテラ中毒と呼ばれる症状には近似毒素のパリトキシン、マイトトキシンを
原因とするものも報告され、複合化した重症状もあるようです。
これらの魚は海域により無毒や弱毒の場合も多いために、食用として愛用している地域が
多く、永年食している南洋海域の住民には免疫力があるとも。
ただし、シガトキシン以外の海産毒に汚染されることもありますから、だれにも
危険なことに変わりありません。

メガネモチノウオ (Cheilinus undulatus) .この写真の個体はまだ若い(メス時代?)

アカマダラハタ(Epinephelus fuscoguttatus)



8.温暖化によるシガテラ中毒の北上

本州では20年以上も前から、シガテラ中毒の基となる、
プランクトン(Gambierdiscus toxicus)の発生が見られ、
紀伊半島の尾鷲など各地でシガテラ中毒が発生しています。
餌となる有毒プランクトンは通常熱帯地方、亜熱帯地方に多いために、
日本の東部ではありえないと考える人が現在でもいるようですが、
そんなことはありません。
地球の温暖化は着実に進んでおり、伊豆東部海岸では
南方系のアジ科のツムブリ(rainbow:lagatis bipinnulata)や
カジキマグロ(Spriped Marlin:Makaira Mitsukurii)を毎年見ることができます。
フグ毒は行政の監督下で知識が普及しているため、料飲業者による事故は
ほとんどありませんが、その他魚介類ではシガテラ以外にも様々な
海産毒事故がおきています。
厄介なのはシガテラ中毒を起こす魚には美味な魚介類が少なくないことです。
料飲業者は温暖化による魚介類の生息海域が変化していることも認識し、
海産毒知識を充実させて、危険が予測される食材は避けるべきでしょう。



9.PL法(Products Liability)が適用されたイシガキダイ訴訟

PL法は平成7(1995)年に施行されました。
民法の損害賠償請求裁判において被害者側に不利だった、
「製造物(料理を含む)の欠陥の立証、およびその欠陥に起因した被害の立証」が免責され、
身体、生命、財産などに被害をうけた場合、「製品(料理を含む)の欠陥」さえ証明できれば、
その損害の賠償をメーカー(提供者)に求めることができるようになりました。
これを受けて平成14年 12月13日に東京地裁が、シガテラ中毒の被害者8人に対して、
1216万円の損害賠償を料飲店に命じた一審判決は、前例のない画期的なものといえます。
この料飲店は業としてイシガキダイのあらいや兜焼きを提供し、中毒の原因を作ったと
告訴されたものです。
司法判断は「生鮮食材料理は切る、煮る、焼くで、PL法上の製造物となり法が適用される」
「料飲業者はそれなりの知識を持って、安全な商品を提供する義務」があるというものでした。
イシガキダイが海産毒を保持する可能性の高い種類であることはかねてより
漁業従事者、漁業市場などで常識化していましたから、職業として食材を扱う調理師は
当然、その知識を得ていなければお客の安全性は確保できません。

最近でもイシガキダイは市場や魚屋さんで売られています。
消費者は知らないのか、知ったうえで自己責任で買うのでしょうが
プロであるべき飲食業者が、いまだに提供するのは無責任。
敬遠される魚だけに安全性よりコストダウンを考える飲食業者が
買い続けているのでしょう。



10.岸義人教授

2001年、文化功労章授章者。ハーバード大学教授。 1937年生、名古屋大学理学部卒
天然有機化合物より特定の物質を抽出して人工合成することの第一人者。
特にフグ毒、シガテラ毒、海綿など海洋生産物分野の研究が多い。
名大当時にテトロドトキシン(テトラドトキシン)の全合成に成功、
また抗菌、抗癌抗生物質マイトマイシンC(mitomycin :C15H18N4O5)を
放線菌(Streptomyces caespitosus)の体内物質から合成したときに
重要な役割をはたしました。
その後ハーバード大学において、ハワイなどに産するサンゴの仲間イワスナギンチャクのもつ
猛毒物質パリトキシンの、不可能といわれた全合成を1994年に成功させました。
ふぐ毒研究で著名な名古屋大学平田義正教授(1915-2000)の門下生。
2001年に不斉合成(物質が持つ両極の活性の一極を選択合成する)の触媒開発で
ノーベル化学賞を受賞した野依良治博士(1938年、京都大学)と同門。

食材研究家:しらす・さぶろう

初版:2007年3月
改訂版:2014年3月

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