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ケン幸田の世事・雑学閑談(千思万考)

第百三十三話「六月の花嫁はさくらんぼの季節」

薄暑のみぎり、言い古された語句「衣替えの候」となりました。まもなく、鬱陶しい梅雨入りかと思うと、
気も重くなりがちですが、コロナ感染がやっと下火になり、人出が増えてきたことで、
何となく心ウキウキの感も綯い交ぜにもなるこの頃です。愛らしい「さくらんぼ」の
明るい欧米の話の歳時記をお届けします。  
 
六月の欧米は最も美しい季節で、寒からず暑からず、清々しく、長雨の続く我が国とは大違いです。
フランス印象派のマネやモネの「草原の昼食」や、フーリエの「イボールでの婚礼」の絵は、
爽やかな陽気の中でのピクニックや結婚披露宴の楽し気で寛いだ様子が描かれています。
「ジューンブライド(六月の花嫁)」と言われるように、古代ローマで結婚を司った女神ジュノーに
由来する六月に結婚すると幸せになれると昔から言われてきました。
異説もあって、三月から五月にかけては農繁期で結婚が禁じられていたとか、
五月に学期を終えて無事卒業出来た恋人たちが祝い合って、最も快適な恋の季節六月に結ばれる、
とも伝えられています。
日本でも、梅雨のない北海道は、晴天が続き、草木が瑞々しい若葉を茂らせ、
彩り豊かな花々が咲く好時節となります。

   六月を奇麗な風の吹くことよ      正岡子規
   六月の女すわれる荒筵         石田波郷
   六月の人居ぬ山の大平ら        飯田蛇笏
 
寒さの残る春から、夏至へ向けて日が長くなり、空気が和む時節に盛りを迎える果物が、さくらんぼです。
愛らしい赤い色、甘酸っぱい味わい、二つの光沢のある実がつながった可憐な様子、
全てが、恋と結婚の季節に相応しいので、フランスのシャンソンや、アメリカにも、
さくらんぼを口ずさむ歌や詩もあります。我が国でも「黄色いさくらんぼ」と題する昭和の歌謡曲が
ありました。
明治初年に、西アジア原種の西洋実桜を導入し、(改良栽培種を桜桃と呼称)、
その淡紅色、赤黄色の実がさくらんぼで、東北地方、殊に主産地の山形県産の佐藤錦や
ナポレオンが広く知られています。
アメリカでは、カリフォルニア州産のブラック-タータリアンとか、
カナダ産のレイニアチェリーなどは人気があります。
 
   茎右往左往菓子器のさくらんぼ     高浜虚子
   さくらんぼと平仮名書けてさくらんぼ  富安風声
   枝かへてまださくらんぼ食べてをる   高野素十
   舌に載せてさくらんぼうを愛しけり   日野草城
 
既述シャンソンの和訳「さくらんぼの季節」の歌詞をご紹介しておきます。
「私たちがさくらんぼの季節を歌い、陽気なナイチンゲールとからかい好きのツグミが、
みんな受かれているとき、美しい娘たちは狂おしい気持ちになり、恋人たちは心に太陽を抱くだろう」
「でも、とても短いのだ、さくらんぼの季節は、二人で夢を見ながら、耳飾りを摘みに行く季節は、
そろいのドレスを纏い、血の雫となって葉に落ちかかる愛のさくらんぼを」
自然の生命力が旺盛になる時期の短さに、恋の儚さを重ね合わせた仏人らしい詩句です。

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